私が好きな坂本龍一10選
第10回
村上龍
小説家
がんばって欲しい。坂本に「がんばって」とか言ったことはないが、とにかくがんばって欲しい。
1
Concert for koto and orchestra
 個人的には、坂本龍一の最高傑作はこの「箏とオーケストラのための協奏曲 (2010)」ではないかと思う。4楽章からなるこのコンチェルトは、春夏秋冬という四季と、「静止と胎動」「芽吹きと誕生」「成長」「黄昏・闇・死」を、重ねてイメージさせ、ミニマル・ミュージックの枠から静かに湧き水が漏れ出すように、また「厳密さと抑制」を「感情」の棘が突き刺すかのように、「ロマン」が織り込まれている。このコンチェルトは、坂本が亡き母に捧げたレクイエムなのだ。だから、わたしたちは、全曲を通し、慈しみと悲しみの感情を受けとる。
 坂本が音楽で慈しみと悲しみの感情をこのような形で示すことはない。その感情は常に楽曲の裏側に潜んでいる。この曲を坂本のお母さんは聞くことができなかった。レクイエムなのだから当然だが、わたしは聞かせたかったなと思う。坂本のコンサートや映画の試写会では、わたしは坂本のお母さんの隣か、隣の隣だったり、いつも近い席だった。要するに、いい席だったのだ。わたしは軽い会釈をして、席に着いた。お母さんは、いつもありがとうございますと言って、挨拶を返した。ただし笑顔を見せたことはない。きびしい顔つきだった。この人に坂本は育てられたのだと思った。
RZCM-46928
点と面 -ryuichi sakamoto presents: sonority of japan
佐渡 裕 + 沢井一恵
1. 1st movement - still
2. 2nd movement - return
3. 3rd movement - firmament
4. 4th movement - autumn
5. グバイドゥーリナ:樹影にて ~アジアの箏とオーケストラのための~
楽曲解説
箏曲家、沢井一恵による委嘱作品。邦題は「箏とオーケストラのための協奏曲」で、「1st movement - still」「2nd movement – return」「3rd movement – firmament」「4th movement – autumn」という冬から秋までの季節ごとの4楽章で構成されている。全26分の本協奏曲は2010年4月に佐渡裕が指揮する兵庫芸術文化センター管弦楽団とともに兵庫、東京で演奏され、レコーディングも行われた。坂本龍一がプロデュースした佐渡裕+沢井一恵のアルバム『点と面(point and surface)』(2010)に、ソフィア・グバイドゥーリナ作曲の「樹影にて 〜アジアの箏とオーケストラのための〜」とともに収録されている。
2
nostalgia
3
firewater
4
disko
5
ice
6
glacier
 箱根の山荘で、就寝前に、息子と聞いた。
 坂本龍一が昔、「本当はバッハとモーツァルトがいれば他の音楽は不要だ」というニュアンスのことを言ったような記憶があるが、わたしはモーツァルトが好きで、息子はバッハが好きだった。「お前さ、バッハなんかどうやって聞きはじめたんだ、おれ、バッハとかモーツァルトとか、聞いたほうがいいなんて言ってないよな」と息子に問いただしたのだが、息子は次のように答えた。
「何言ってんだ、あんたがバッハとかモーツァルトとか聞いてるときに、おれは小さかったけど、あんたのとなりにいたんだよ」
 そうやって成長したらしい息子と、”out of noise”を聞いた。データとして坂本が送ってくれたもので、わたしもまだ聞いていなかった。わたしは「あらかじめ、言っておくけど、この作品はおれの勘だが、非常に前衛的で、聞きづらいと思う」と息子に言ったが、息子は「とりあえず聞いてみよう」と言った。そして、二人で聞き始めたのだが、やはり前衛的というか、ジョギング中に聞く音楽ではないというか、とにかくむずかしい音楽だった。最初、聞きはじめたことを後悔したが、途中、止められなくなった。わたしと息子は無言になり、音楽に吸い込まれるような気分になった。全曲聞き終わり、もう1曲だけ、聞いて寝ようとわたしが言って、何にしようかと2人で話し、「glacierにしよう」とわたしたちは同時に言った。以前、家族でアラスカで氷河を見たことがあった。そのことをわたしたちは思い出していた。音楽が氷河を象徴していたわけではない。ただ、何となく氷河をイメージしていたのだった。聞き終わって、2人ともしばらく無言だった。
 寝る前に、息子が言った。
「坂本さんって、才能あるね」
 それを聞いて、そう言えば、坂本に才能があるとか思ったことがないと気づいた。どんな曲を作っても当たり前だと思っていた。本人にも「才能があるね」などと言ったこともない。だが、才能があると、はじめて思った。”out of noise”を聞いて、そう思ったのだ。
フルアートワーク盤:RZCM-46128
パッケージレス盤:RZCM-46129
out of noise
坂本龍一
1. hibari
2. hwit
3. still life
4. in the red
5. tama
6. nostalgia
7. firewater
8. disko
9. ice
10. glacier
11. to stanford
12. composition 0919
楽曲解説
nostalgia
2009年のアルバム『out of noise』収録曲。1993年の再生YMOのアルバム『TECHNODON』に収録されている同名の曲とは異なる作品で、坂本龍一のピアノと、ニューヨークで活躍するヴァイオリニスト、ロブ・ムースのヴァイオリンで構成されている。
firewater
2009年のアルバム『out of noise』に収録された楽曲。タイトルは造語で、2007年に奈良・東大寺のお水取りを見学した体験がインスピレーションになっているそうだ。楽曲中には現場でフィールド・レコーディングしたお神楽の音も使用されている。これまでライヴ演奏がされたことはない。
disko
2009年のアルバム『out of noise』収録曲。2008年9月26日から10月6日かけて行われた気候変動を危惧する科学者やアーティストが北極圏を船で訪問するプロジェクトである“ケープ・フェアウェル”に参加し、大きな影響を受けたことから生まれた三曲「disko」「ice」「glacier」の最初の曲。旅の最初の上陸地であるディスコ島から曲名が取られており、9月28日に島で録音した犬が吠える音が使われている。ギターは小山田圭吾。
ice
2009年のアルバム『out of noise』収録曲。2008年9月26日から10月6日かけて行われた気候変動を危惧する科学者やアーティストが北極圏を船で訪問するプロジェクトである“ケープ・フェアウェル”に参加し、大きな影響を受けたことから生まれた三曲〜三部作の二番目の曲。9月29日にはディスコ島が位置するディスコ湾で水中の音をレコーディングして本曲に使用した。その際に巨大な鯨がボートに接近して命の危険を覚えたと述懐している。ギターは小山田圭吾。
glacier
2009年のアルバム『out of noise』に収録された楽曲。2008年に、気候変動を危惧する科学者やアーティストが北極圏を訪問するプロジェクトである“ケープ・フェアウェル”に参加し、大きな影響を受けたことから生まれた三曲のトリ。同年10月2〜3日にかけて上陸したSemia、Sermeq Avannarleq氷河でフィールド・レコーディングした音も使用されている。2009〜2010年のコンサートの多くで演奏され、『RYUICHI SAKAMOTO PLAYING THE PIANO 2009 JAPAN SELF SELECTED』(2009)などのライヴ・アルバムにも収録されている。また、2015年に公開されたアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督の映画『ザ・レヴェナント: 蘇えりし者』でも使用されている。ドブロ・ギターのスクーリ・スヴェリソン、ペダル・スチールの高田漣が参加している。
7
undercooled
 ハングルのラップがまるで音楽の一部のように聞こえる。ハングルを話せる人 に何と言っているのかと聞いたが「喋りが速いのでわかりません」ということだった。「でも、きれいな曲ですね」と彼は言った。ラップの意味を聞いたら、 ぴったりだったので、わたしの長編小説『半島を出よ』の映画化に際して、音楽として使おうと考えた。残念ながら映画化は流れたが、今でも『半島を出よ』に ぴったりだと思っている。
WPC6-10244
CHASM
坂本龍一
1. undercooled
2. coro
3. War & Peace
4. CHASM
5. World Citizen - I won't be disappointed/looped piano
6. only love can conquer hate
7. Ngo/bitmix
8. break with
9. +pantonal
10. the land song - music for Artelligent City/one winter day mix
11. 20 msec.
12. laménto
13. World Citizen/re-cycled
14. Seven Samurai - ending theme
楽曲解説
2004年にリリースされたアルバム『CHASM』の冒頭曲。韓国のラッパー、MCスナイパーがラップを担当。また、サウンド・プログラミングは細野晴臣と高橋幸宏のユニットであるスケッチ・ショウが手掛けている。この曲は同年CDシングルとしても発売された。2011年1月に韓国ソウル・アーツ・センターで行われたピアノ・コンサートではMCスナイパーがゲストとして招かれて本曲を演奏。その模様はライヴ・アルバム『playing the piano in seoul / korea 2011』(2011)に収録されている。
8
Sweet Revenge
 途中で足音のような音が聞こえ、そのあとピアノが聞こえる。そのピアノが美 しいのだが、どうしてタイトルが「Sweet Revenge」なのか。映画監督に対する「甘い復讐なのだ」と坂本が言ったことがある。映画監督は、映画音楽に対しうるさく注文を言ってきて、それは立場上しょうがないが、頭にくることもある、 それに対する復讐なのだというようなことを言った。復讐が、とても甘美な曲になって、いいじゃないかとわたしは思った。
FLCG-3128
sweet revenge
坂本龍一
1. Tokyo Story
2. Moving On
3. 二人の果て
4. Regret
5. Pounding at My Heart
6. Love and Hate
7. Sweet Revenge
8. 7 Seconds
9. Anna
10. Same Dream, Same Destination
11. Psychedelic Afternoon
12. Interruptions
13. 君と僕と彼女のこと
楽曲解説
1994年のアルバム『sweet revenge』のタイトル曲。もともとは映画『リトル・ブッダ』のエンド・タイトル曲として作曲されたが、とても悲しい曲をというベルナルド・ベルトルッチ監督のリクエストに最大限応えて書き上げたものの、「悲しすぎて救いがない」という理由で映画には不使用になった。このことを理不尽に感じ「復讐」の意でこのタイトルをつけ、自身のソロ・アルバムに収録したという経緯がある。ピアノ・トリオ編成でのリメイク・ヴァージョンがEP『08/26/1996』(1996)に入っているほか、コンサートでもよく演奏され、『RYUICHI SAKAMOTO PLAYING THE PIANO 2009 JAPAN SELF SELECTED』(2009)などの複数のライヴ・アルバムに収録されている。
9
Merry Christmas Mr. Lawrence
10
THE SHELTERING SKY THEME
 彼は、リスナーへのサービスより、音楽の自律性を優先させる。だから、彼が作る音楽は、デビューのころから、リスナーを突き放すような「素っ気ない」ムードがある。だが、例外がある。彼が担当する映画音楽だ。映画音楽は、監督のリクエストが反映されるので、ときおり、わずかではあるが、「厳密さと抑制」より「ロマンチシズム」が優ることがあり、「Merry Christmas Mr. Lawrence(1983)」や「The Sheltering Sky(1991)」といった傑作を生み出した。
 とくに「Merry Christmas Mr. Lawrence」はすでにスタンダードになっている。スタンダードという意味は、床屋で有線から流れてくるとか、誰かの家から ピアノで聞こえてくるとかそういったことだが、そのたびにいい気分になる。
MDCL-1241
Merry Christmas Mr. Lawrence
坂本龍一
1. Merry Christmas Mr. Lawrence
2. Batavia
3. Germination
4. A Hearty Breakfast
5. Before the War
6. The Seed And The Sower
7. A Brief Encounter
8. Ride Ride Ride (Celliers' Brother's Song)
9. The Fight
10. Father Christmas
11. Dismissed!
12. Assembly
13. Beyond Reason
14. Sowing The Seed
15. 23rd Psalm
16. Last Regrets
17. Ride Ride Ride (reprise)
18. The Seed
19. Forbidden Colours
楽曲解説
1983年に公開された大島渚監督の映画『戦場のメリークリスマス』のテーマ曲。『戦場のメリークリスマス』は坂本龍一にとって初めての映画音楽の仕事で、大島監督からの自由にやってかまわないとの意向もあり、既成の映画音楽の枠を超えた異色の音楽になった。なかでもこのテーマ曲は、どの国の人が聴いてもエキゾティックに感じるクリスマス・ミュージックというテーマで作曲、録音された。映画は世界中で公開され、サウンドトラック・アルバムも各国で発売されたことで坂本龍一の代表曲となった。同年中にはピアノ・ソロでレコーディングし直されたカセット・ブックやアルバム『CODA』が発表され、ピアノ、トリオ、オーケストラとさまざまな形式でコンサートでも演奏され続けてきている。最新のライヴ・アルバム『Playing the Piano 12122020』(2021)でも取り上げられている。
VJCP-30078
オリジナル・サウンドトラック ザ・シェルタリング・スカイ
坂本龍一他
1. ザ・セイクリッド・コーラン
2. ザ・シェルタリング・スカイ・テーマ
3. ベリィ
4. ポーツ・コンポジション
5. オン・ザ・ベッド(ドリーム)
6. ロンリネス
7. オン・ザ・ヒル
8. 京都
9. セメタリー
10. ダイング
11. マーケット
12. グランド・ホテル
13. ザ・シェルタリング・スカイ・テーマ(ピアノ・ヴァージョン)
14. 私は歌う
15. ミッドナイト・サン
16. フィーヴァー・ライド
17. シャント・アヴェク・シタール
18. マーニアズ・テント
19. グールー・リムマ
20. ハッピー・バス・ライド
21. ナイト・トレイン
発売元(ヴァージン・ジャパン/現在は廃盤)
楽曲解説
『シェルタリング・スカイ』は1990年に公開されたベルナルド・ベルトルッチ監督の映画作品で、そのタイトル曲。本曲を含む坂本龍一による音楽は第48回ゴールデン・グローブ賞、第16回ロスアンジェルス映画批評家協会賞の音楽賞を受賞している(オリジナル・サウンドトラック・アルバムは現在廃盤だが、テーマ曲は2002年のコンピレーション・アルバム『UF』に収録)。坂本龍一の代表曲のひとつとして多くのコンサートで演奏されたほか、さまざまな編成で再レコーディングもされている。2005年にはピアノ・ソロによる自作のカバー・アルバム『/05』でも取り上げられた。『/05』は日本のみのリリースだったが、同趣旨のピアノ・ソロ・アルバム『/04』(2004)の音源からセレクトした曲で構成されたアルバム『playing the piano』(Decca)が日本以外の国で2009年に発売され、「The Sheltering Sky」も収録されている。
村上龍
小説家
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