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男女公論

2010/11/11 UPDATE #004

坂本龍一×湯山玲子 男女公論

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第六章
「山登りする人って快楽主義者だよね」

湯山:最近、山登りを始めたんですよ。

坂本:ウチの母は日本百名山(※1)を踏破してますよ。3、4年前の最後の登山は、南アルプス(※2)を10日間縦走してました。80歳くらいで。

湯山:10日間縦走!? もうそれはアルピニスト(※3)と言ってよし! それすごいわ。

坂本:「最後に一番やりたいこと」って言ってやっちゃったんですけど。彼女も40歳過ぎてから登山をはじめてます。そのころ、僕最初の結婚で子供ができちゃったから、彼女も子離れしようとしたんだと思う。

湯山:いろいろ今までスポーツやってきましたが、自然を相手にするスポーツが桁違いに面白いし、深い。頭もカラダも全部使った総力戦じゃないと登れないんですよ。ホント、つるっと谷底に落ちちゃうからね。思いもかけないことが起るから、五感も敏感になるし。

坂本:急にせせらぎの音が聞こえてきて、でも近くに小川があると思ってもなかなかなかったりね。音の感覚とか距離の感覚がすごく変でしょ、山って。

湯山:「きれいだな」なんて歩いている時はいいんだけど、雨が降ってきたものなら、もう大変。雨具の用意が無ければ身体が冷えて死んでしまいそうになる。自然の中でまったり、なんて言う人もいるけど、いやいや、本当に怖いところがあるから。

坂本:ミュージシャンやアーティストが、科学者と一緒に北極圏に行くプロジェクトに誘われて、グリーンランド(※4)へ行ってきたんです。去年の9月の終わりから10日間だけなんですけど、

湯山:へー! どうでした? めちゃめちゃ厳しい環境ですよね。

坂本:北緯70度以上。すごいよね。もう人間なんてどれだけちっぽけなものかって痛感したもん。生きるために必死になるもんね。北極圏はホントにすごかったよ。そんなに厳しい時季ではなかったけど。圧倒的な量の氷と水。白い世界でしょ。

湯山:そんなところに行ったら、鬱っぽいだなんだって言ってる場合じゃなくなるよね。

(※1)登山家としても知られる作家・深田久弥の随筆の書名(1964年刊)。日本列島の山々の中から、深田が自らの基準で選んだ百座に関しての随筆が、実に百も収められている。
転じて、この百座を"百名山"ともいうが、あくまで一個人が選んだ山であるので、あしからず。
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(※2)長野県、山梨県、静岡県に跨って連なる山脈。正式名称は"赤石山脈"。
富士山に次いで日本で2番目に高い北岳を要し、全国的にも人気の高い登山地として毎年多くの登山家を迎え入れている。
飛騨山脈、木曽山脈とあわせて"日本アルプス"。
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(※3)山に登ることそのものを楽しみ、趣味とする人のこと。
「風景を楽しむ」などの楽天的な目的ではなく、「より高く、より困難な状況やスタイルで登山する」という、ある種スポーツマン並みにストイックな精神で山登りに挑んでいる人たちのことを言う。
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(※4)北極海と北大西洋の間にある世界最大の島。
島の大部分が北極圏に属し、約80%以上が氷床と万年雪に覆われている、"最果ての地"。
デンマーク領であるが、1979年より自治政府が置かれている。
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坂本:仕事柄、それなりに色んな所に行ってますけど、カルチャーショックとかそんなに感じたことはなくて、アフリカもアマゾンもラダック(※5)とかも行ってるけど、衝撃はその比じゃなかった。

湯山:山岳家の本やエッセイが好きなんですけど、山登りする人って基本的に快楽主義者だよね。K2(※6)の上にある信じられない光景を自分が体験するためだけに、人生、かけちゃうわけだから。凍傷で手指が無くなっても、そんなぐらいでは止めない。それって、相当に業が深い。山岳家ってわりと真面目な人間を想像するのだけど、それに加えて快楽と欲望が強い人たちなんだなと思う。

坂本:今回グリーンランドに行くまで、山登りする人のことがよくわからなかったんだけど、あんな大変な思いをしてまでなんで?って。でも一回そういうのを見ちゃうと虜になっちゃうんだろうね。

湯山:ダイビングも虜になりますね。私がハマったのは、海底の砂地にただ寝てるだけなんですけど、マジやばいっすよ。死体感覚っていうですかね。吸っているのは高圧空気だし、自分が死体になって異界に転がっている感じになる。

坂本:一緒に行ったデヴィッドというイギリス人の60歳くらいのアーティストは、やっぱり最初は北極圏が温暖化の最前線だから、環境問題への取り組みとしてこのプロジェクトをはじめたんだけど、もう場所の虜になっちゃって。魂を置いてきちゃったっていうか。ぼくも同じ感覚を持ったな。登山とかって、何が人を引きつけるのかな。快楽もそうだろうし、あと、存在の危機っていうのかな。一歩間違えば、どうなるかわかんないって感覚。

湯山:カラダ全体の細胞が冒険してるんだろうね。そこにいるだけでもうエッジじゃないですか。脳内の何かのスイッチが入ってしまうっていうか。

坂本:快楽物質が出るんだろうね。あんなにヤバいことってまずないだろうからね。僕、グリーンランドでもたった30分くらいなんだけど、氷河で迷子になっちゃって(笑)。

(※5)インド北部ジャンムー・カシミール州にある、標高3500メートルを超える山岳地帯。
パキスタンや中国と未確定な国境で接しており、1974年まで外国人の入境が許されなかったためか、チベット本土以上にチベットらしい風習や文化が息づいた秘境として知られている。
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(※6)カラコルム山脈奥地にそびえる、世界2番目に高い山。
不安定な天候、急な傾斜による登頂の難しさはエベレストを凌ぐと言われており、登頂を目指してはあえなく散っていく登山家が世界中で続出している。
そのため、「非情の山」と呼ばれることも。
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湯山:うわっ! ヤバい! 死んじゃいますよそれ。

坂本:でも僕なんか登山経験もなければスポーツもほとんどしないから、本当にダメなわけ。全然声も届かないし、山なんてさ、ちょっとした丘があっただけで向こうが見えないでしょ。ましてや白い世界で、音も結構吸収されちゃうから聞こえないし。だから行けども行けどもたどり着かなくて。

湯山:『金副隊長の山岳救助隊日誌 山は本当に危険がいっぱい』(※7)って本がありますけど、奥多摩という近場のやさしい山でも遭難するくらいですから(笑)。

坂本:黙々と歩きながら「あっけないもんだなあ」なんて思っちゃったもんね。ここで足折って動けなくなったりしたら......なんて。夜になれば温度も下がるだろうし、ホッキョクグマが食べにくるかもしれないし、食べ物も何もないし。はかないよね、命が。

湯山:いろいろな現実の前では、普段、安全が当たり前になってますからね。自分でも戒めているんだけど、それって本当に通用しないだろうと思う。坂本さんはニューヨークに住んでいるから、まだ、そういう危機感覚は備わっているだろうけど。でも、グリーンランドまで行かないとダメ、というのは、本当にありますね。都市も昔と違って、どんどん、同じようになってしまっていて、あんまり面白くないし。

坂本:そうだね。昔はロンドンからいろいろ発信していたり、この時期はニューヨークだ!、なんてことがあったけど、もう都市っていう括りではないかもね。どこにいるかっていうよりは、今いる場所でいかに面白いか、ってことだよね。北極圏の人たちの生活をみると、家の中を暖かくして、インターネットもあって、全然西洋的な生活スタイルなんだけど、一歩外へ出るとマイナス20℃の世界。氷の世界なんだよね。すごいシュールだよね。

次章へ続く・・・

(※7)奥多摩全域をカバーする山岳救助隊の副隊長・金邦夫さんによる著書(角川学芸出版)。
中高年を中心にした登山客で一年中にぎわいながら、実は日本一遭難者が多いエリアである奥多摩を舞台に、山の楽しさと危険を軽妙な文体で綴った一冊。
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PROFILE

湯山玲子 1960(昭和35)年・東京生まれ。
出版・広告ディレクター。(有)ホウ71代表取締役、日本大学藝術学部文藝学科非常勤講師。
編集を軸としたクリエイティブ・ディレクション、プロデュースを行うほか、自らが寿司を握るユニット「美人寿司」を主宰し、ベルリンはコムデギャルソンのゲリラショップのオープニングで寿司を握るなど日本全国と世界で活動中。
著作に文庫『女ひとり寿司』(幻冬社)、『クラブカルチャー!』(毎日新聞出版局)、新書『女装する女』(新潮社)。近著に『四十路越え』(ワニブックス)。プロデュースワークに『星空の庭園 プラネタリウムアフリカーナ』(2006夏 六本木ヒルズ展望台)、2009年まで通年の野宮真貴リサイタルなど。

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