HOME > commmonsmag > 男女公論

commmonsmag

男女公論

2010/11/11 UPDATE #004

坂本龍一×湯山玲子 男女公論

back number

第四章
「フロンティアはもう地球にありません」

坂本:逆にオトコにとって日本は帰るべきところかも。57歳なんだけど、寅さん(※1)のタイトルバック出てくるだけでガーって泣けてきたり(笑)。江戸川の風景が出てきただけで泣いたり。こんなことは10年前には想像もしなかったけど、ああいうのは嫌いだったからね(笑)。でも女の人には日本は生きにくい国なのかな。だから女としてのいろんな戦略が必要なんだろうね。

湯山:アメリカは女性がやっぱり強いよね。この間『セックス・アンド・ザ・シティ』(※2)が映画化されたのを観たんですけど、ブライドを傷つけられたときの、女主人公の怒り方が凄い。日本の女性だったら折り合いを見つけようとして、自分から折れて丸く収めるんだろうけど、傷つけられたらオトコ並みに怒るよね。日本の女の人ってそこがないんだよな。

坂本:アメリカの女性は雑駁なところもあるから、ゲイがあれだけ多いってのもあるんだろうね。お母さんがあんなだったらね、ゲイになっちゃうかもしれないし。逆にね、イギリス人がオーストラリアに移住したとき、オトコどもはアボリジニー(※3)の女にメロメロになっちゃたんだって。女性たちが尽くしてくれるから。

湯山:イギリスの女って、最終核兵器並みに強力ですからね(笑)。イビサ(※4)のクラブですごい光景を目にしたんだけど。ムチムチのボディコンを着たイギリス人の女と客の男性がちょっとしたいさかいがあったのか、それがエスカレートして殴り合ってて、それ自体がまず考えられないでしょ(笑)。跳び蹴りにグーのパンチだもん。

坂本:女が拳でオトコに殴りかかってるって、まずないもんね。

湯山:で、何時間かして私が見た光景ってのが、その女の子と殴られたオトコが抱き合って、チューしているの。何がすごいって、そういう女にソレが出来る、イギリスのオトコがすごいと思った(笑)。日本人のオトコじゃ、ひっくり返ってもありえない。

坂本:日本人男性はちょっと奥手だからね(笑)。世界の標準でいくと性と闘争ってのはほとんどイコールなんだよね。そういうものとして捉えられている。生と性と暴力ってのが近くにあって、だからスペインの闘牛とか、あれはセックスだもんね。エロスとタナトス(※5)とか。本当に血と糞の匂い、死と生の匂いで充満していて、血の沸き立つような。僕はもう吐き気をするような感じになっちゃったんだけど。それ見た後に、スペイン人の友人と夜、メシを喰いながら、「ちょっと嫌だな」って言ったら、「日本にはミシマがいるじゃないか」なんて。

湯山:ハハハ(笑)。違う違う! 三島は女にグーで殴られたら、引き籠もり起こしそうだもの。

坂本:多分スペイン人は三島由紀夫(※6)が大好きで。血とか痛みとか、それがすごくセクシャルなものとしてある。だから三島が向こうで受けるのもそういう理由があるだろうね。

湯山:今、未曾有の変化が起きてるのは男性の方かもしれません。今、もう、地球のどこにもフロンティア(※7)がない時代じゃないですか。やっぱり男の人の特性として、自由だとか、フロンティアに萌える性質というものがあると思う。ショーン・ペン(※8)が監督した『イントゥ・ザ・ワイルド』(※9)なんかはそこを感じさせてくれたりした。アメリカのDNAというもの、冒険して、新しい土地を自然と戦ってオレのものにする、っていうことの肯定感でしょ? 私個人のタイプで言うと、それがわりと大好きな方なんですよ。しかしながら、「もうフロンティアは地球にありません」っていうこのご時世にその能力をどうするのか?っていうことですよね。それはもう、ある種アイデンティティに関わる問題っていうか。政治の問題なのかな。

坂本:世界的に政治の質が落ちていて、政治って一種の戦いじゃないですか。戦争が外交の1つの形態って言われるように、反対も真で、政治も一種の戦いと言える。でもさ、そういう戦い方がもうできなくなりつつあって、世界的に良い政治家が消えちゃってるっていう時代で、アタマのいいやつが政治家になろうと思わない。

湯山:違う戦い方がある、と。

坂本:やっぱりそれは、科学とか医療とか宇宙工学とか、そういうところなのかな。例えばそういう幹細胞の実験をしていたり、火星に行こうとしていたりとか。何とかフロンティアは求めようとはするよね。残されたフロンティアは海だったり。よくわかってないってのは海でしょ、そして、人体。脳なんか人気があるでしょ?

湯山:確かに、そういう意味ではまだ残っていますよね。しかも、理科系で。

坂本:アメリカの学校社会だとね、日本みたいに自殺したり引きこもったりするのは、バカと思われちゃうんだよね。差別やいじめを受けたときに、ユーモアで切り返して上に立つ。ユーモアで認めさせる能力を磨くの。すごい高度な戦いだよね。ユーモアの戦いっていうか、笑って勝つ、みたいなね。

次章へ続く・・・

(※1)山田洋次監督のTVドラマおよび映画シリーズ『男はつらいよ』のこと。
渥美清演じる「フーテンの寅」こと車寅次郎が、故郷の葛飾柴又に戻ってきては何かと騒動を巻き起こす人情喜劇で、全48作にも及ぶほどの人気を誇った国民的映画シリーズ。
(⇒詳細はこちら

(※2)1998年から2004年にかけてアメリカで放送された連続TVドラマ。NYに生きる4人の独身女性の日常をコミカルに描き、世界中で大ヒット。主人公たちのファッションや食生活も大きな注目を集め、一大ブームを呼び起こした。2008年には映画版も公開。
(⇒詳細はこちら

(※3)オーストラリア大陸とその周辺の島々の先住民。
黒人のようにきわめて濃い色の肌をもつ一方で、女性や子どもを中心に金髪の者も多数。黒人でも白人でも黄色人種でもない、第4の人種として認識されている。
(⇒詳細はこちら

(※4)地中海にあるスペイン領の島。中世・近世の面影を残した古い街並みと、美しいビーチが多くの人々を惹きつけるヨーロッパ有数のリゾート地。
また、島内には有名クラブが多く、夏の間は人気DJが集うため、世界中のクラバーたちの聖地としても名高い。
(⇒詳細はこちら

(※5)エロスとは、ギリシア神話に登場する恋心と性愛を司る神のこと。一方タナトスとは、死そのものを神格化した神のこと。
転じて、エロスは「正へ向かう衝動」、タナトスは「死へ向かう破壊的衝動」であると言われ、表裏一体のものとして語られることが多い。

(※6)日本の小説家・劇作家。唯美的な作風が特徴で、代表作は『潮騒』『金閣寺』など。
政治や天皇制への関心も高く、1970年には憲法改正のため自衛隊にクーデターを促し失敗。割腹自殺を遂げ世間を騒然とさせた。
(⇒詳細はこちら

(※7)英語で「最前線の」もしくは「新天地の」の意味。
19世紀後半、大西洋から太平洋にわたるアメリカ大陸の未開拓地が開拓されていった際、その開拓の最前線を「フロンティア・ライン」と呼んだ。
(⇒詳細はこちら

(※8)アメリカの俳優。アカデミー主演男優賞を二度受賞したほか、世界三大映画祭(ヴェネツィア、カンヌ、ベルリン)の主演男優賞も全て受賞するなど、その演技力は国際的にも評価が高い。近年では監督業にも力を入れている。
(⇒詳細はこちら

(※9)2007年のアメリカ映画。
ジョン・クラカワーのノンフィクション小説『荒野へ』を題材にしたロード・ムービーで、第80回アカデミー賞では助演男優賞と編集賞にノミネートされた。
(⇒詳細はこちら

PROFILE

湯山玲子 1960(昭和35)年・東京生まれ。
出版・広告ディレクター。(有)ホウ71代表取締役、日本大学藝術学部文藝学科非常勤講師。
編集を軸としたクリエイティブ・ディレクション、プロデュースを行うほか、自らが寿司を握るユニット「美人寿司」を主宰し、ベルリンはコムデギャルソンのゲリラショップのオープニングで寿司を握るなど日本全国と世界で活動中。
著作に文庫『女ひとり寿司』(幻冬社)、『クラブカルチャー!』(毎日新聞出版局)、新書『女装する女』(新潮社)。近著に『四十路越え』(ワニブックス)。プロデュースワークに『星空の庭園 プラネタリウムアフリカーナ』(2006夏 六本木ヒルズ展望台)、2009年まで通年の野宮真貴リサイタルなど。

ページの先頭へ