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男女公論

2010/11/11 UPDATE #004

坂本龍一×湯山玲子 男女公論

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第八章
「僕が知っている"和"と全然違う日本」

湯山:坂本さんは最近望郷の念が高まっているんですよね。

坂本:日本回帰っていうか、むしろ知らないことが多くて、再発見することが沢山ある。京都とかすごいですね。

湯山:私も最近、京都の着物メーカと仕事していまして、ここ数年よく行くんですけれど、確かに日本であんなにところがあるなんて思っていなかったですね。私にとっては、アムステルダム(※1)よりも異国ですよ。京都は変。世界中見ても変な都市。

坂本:浅田彰(※2)さんとか知り合いがいっぱいいて、だから最初の京都導入部から楽しかったんだけど。たまたま法然院(※3)ダムタイプ(※4)高谷史郎(※5)さんと4年くらい前から、庭園シリーズっていうふたりでやるコラボレーションのイベントをやって、お庭を借景にして映像と音を使った即興的なライブをやっている。

湯山:それは、最高ですね。とにかくそんな寺や庭がそこら辺に転がっている。祇園祭(※6)にもびっくりした。何がすごいって、サウンドに驚くよね。コンチキコンチキっていうカネの音が脱力的に夜通し鳴っている。そして、祭りだというのにクライマックス感が全くなくて、ダラダラと続く。あの意味不明な感じ、ヤバくないですか?

坂本:僕もあれは何だと思って、びっくりした。日本的な音楽じゃないよね。和な感じじゃないんだよね。京都駅降りた途端に、あれが鳴ってるよね。

湯山:知り合いが、何を思ってか雅楽(※7)の楽士になっちゃったんですよ。この前乃木神社(※8)の演奏会に行ったんだけど、その中で「調子」っていう曲がとんでもない音響なんですよ。とてつもなく、サイケデリックでプログレ(※9)エクスペリメンタルDJ(※10)か、というほど。

坂本:(※11)の音って、言ってみれば天上の音楽だよね。音が空間全体から響くような感じがあって、ここに楽器はあるんだけど、音源がわからない。

湯山:まるで、ロラン・バルト(※12)「表徴の帝国」(※13)で記した皇居の森のメタファーのようですね。楽師になった友人は、ちゃんと演奏会を録音しておこうと思って、プロのレコーディングエンジニアを連れていったら、驚かれたらしいです。クラシックとか普通のアコースティックとかとは全く違って、音が後ろに回り込むんですって。

坂本:「木遣り」(※14)って聴いたことある?これも聴いたことないくらい、和じゃないものがあって。先住系っていうか。全然渋みとかなくて侘び寂びもまったくない。僕の知っている和とは全然違うんだよね。東北の民謡とかは男性でも音程が高いよね。あのキンキン声って、中国にもあるけど、京劇(※15)もそうだけど、結構大陸系だよね。で、「木遣り」は集団で50人くらいでやるから、複雑な周波数で、すごいんですよ。

次章へ続く・・・

(※1)オランダの首都。
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(※2)京都造形芸術大学大学院長を務める日本の哲学者。
専攻は経済学と社会思想史だが音楽への造詣も大変深く、commmons: scholaの解説鼎談にも参加していただいている。
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(※3)京都市左京区にある浄土宗系の寺院。
鄙びた趣をもつ数奇屋造りの山門と、谷崎潤一郎や河上肇ら著名人の墓があることで知られる他、コンサート、個展、シンポジウムなどの会場として寺院を積極的に提供していることでも有名。
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(※4)建築、美術、デザイン、音楽、ダンスなど、異なる表現手段を持つメンバーから成るパフォーマンス集団。京都に拠点を構えながら、海外公演を中心としたボーダーレスな活動を続けている。
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(※5)dumb typeの中心的メンバーの一人。

(※6)京都の八坂神社の祭りで、大阪の天神祭、東京の神田祭と並ぶ日本三大祭りの一つ。
期間中に催される行事の中でも、ユネスコ無形文化遺産に登録されている山鉾巡行は特に有名で、豪華な曳山が市内を練り歩くさまは見ごたえ十分だ。
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(※7)日本、中国、朝鮮半島、ベトナムの伝統的な音楽の一つ。日本では宮廷音楽として現在でも継承されており、大規模な合奏形態で演奏される伝統音楽としては世界最古の様式として、ユネスコの無形文化遺産に登録されている。
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(※8)東京都港区赤坂にある神社。明治時代に活躍した軍人、乃木希典将軍と静子夫人を祀っている。
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(※9)プログレッシブ・ロックの略。従来のロックにクラシックやジャズなどの要素を取り入れた実験的な音楽スタイルの総称で、1960年代のイギリスで誕生。
アート・ロックやニュー・ロックと呼ばれることもあり、代表的なバンドにピンク・フロイドがいる。
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(※10)その言葉通り、実験的な音楽をかけるDJのこと。
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(※11)雅楽などで使われる管楽器の一つ。円形に配された17本の竹管のリードを振動させることで、11種類の和音が出る。
その音色の美しさから、天から差し込む光を表すといわれる。
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(※12)1950年代から80年代にかけて活躍したフランスの批評家。深い洞察力から導き出された評論は、歴史、モード、芸術、記号など多岐にわたり、さまざまなジャンルにおいて独自の思想的立場を築いた。
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(※13)ロラン・バルトが独自の日本論を記した著書。
記号に意味を求めない、あるいは意味で満たすことを拒否しがちな日本世界の自由さを、皇居の森、歌舞伎、石庭、てんぷらなど、さまざまな事象を例にとって論じている。
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(※14)神奈川県小田原での神輿の運行で欠かすことのできない唄。本来は漁船上で綱を引くときに、引き手のタイミングを合わせるために木遣り師が唄っていたもので、今でも大変神聖なものとして地元で継承されている。
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(※15)中国の伝統的な古典演劇の一つ。主に歌劇のスタイルがとられ、三国志、西遊記、水滸伝などの演目を激しい立ち回りを交えて行う。
西太后の手厚い庇護を受け、清朝末期に大きな発展をとげた。
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PROFILE

湯山玲子 1960(昭和35)年・東京生まれ。
出版・広告ディレクター。(有)ホウ71代表取締役、日本大学藝術学部文藝学科非常勤講師。
編集を軸としたクリエイティブ・ディレクション、プロデュースを行うほか、自らが寿司を握るユニット「美人寿司」を主宰し、ベルリンはコムデギャルソンのゲリラショップのオープニングで寿司を握るなど日本全国と世界で活動中。
著作に文庫『女ひとり寿司』(幻冬社)、『クラブカルチャー!』(毎日新聞出版局)、新書『女装する女』(新潮社)。近著に『四十路越え』(ワニブックス)。プロデュースワークに『星空の庭園 プラネタリウムアフリカーナ』(2006夏 六本木ヒルズ展望台)、2009年まで通年の野宮真貴リサイタルなど。

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