湯山玲子 1960(昭和35)年・東京生まれ。
出版・広告ディレクター。(有)ホウ71代表取締役、日本大学藝術学部文藝学科非常勤講師。
編集を軸としたクリエイティブ・ディレクション、プロデュースを行うほか、自らが寿司を握るユニット「美人寿司」を主宰し、ベルリンはコムデギャルソンのゲリラショップのオープニングで寿司を握るなど日本全国と世界で活動中。
著作に文庫『女ひとり寿司』(幻冬社)、『クラブカルチャー!』(毎日新聞出版局)、新書『女装する女』(新潮社)。近著に『四十路越え』(ワニブックス)。プロデュースワークに『星空の庭園 プラネタリウムアフリカーナ』(2006夏 六本木ヒルズ展望台)、2009年まで通年の野宮真貴リサイタルなど。
第十五章
「男女公論的、税金考」
湯山:坂本さんがNYに移り住んだ理由って何ですか?
坂本:20年前に移ったんだけど、まあ理由は2、3あって、そのうちの大きな理由の1つは税金だったんですよね。当時は日本よりアメリカの方が、所得税が安かったんですよ。
湯山:なるほど。それって、個人が国家を選んだということですよね。ある意味「リバタリアン(※1)」的な考え方でもあるのかな。経済や社会に対する国家や政府の介入を良しとせず、自立した個人を前提にその自由を養護するという。そんな甘いもんじゃないよ、という突っ込みもあるでしょうが、まあ、これにはあらがえないほどの魅力があるのは本当です。
坂本:そう。市民の側が国を選ぶっていうことね。僕としては、もうちょっと考えなくちゃいけなかったのは、その税金がどう使われているかっていう、自分のお金の行き先。これが、軍需産業に回されて爆弾になっちゃうのか、あるいは病院にいき老人たちを助けるのか、そこを本当は考えなくちゃいけないんだけどね。
湯山:個人の側がどこの国に税金を払いたいか、って考えるのはオモシロい。私だったらどこを選ぶかな?
坂本:最近の統計で、世界一ハッピーな国(※2)はコスタリカ(※3)らしいんだけど、あそこは日本と同じように憲法で軍隊を否定している。実際にこの60年くらい軍隊がないんだよ。
湯山:中南米は結構ドンパチやってたわけですから、その意義も大きいですな。
坂本:そして、国土の3分の1が熱帯雨林の公園で、そのライフスタイルは完全にエココンシャス。経済もエコツーリズム(※4)で回っている。そういう国らしいんだけど、どう?
湯山:へえ! 行ってみたいな、そういえば、知り合いのフランス人がエコツアーしてきたって言ってたところだ。国としてのスタンスに対して一票、という考え方ってアリですよね。
坂本:暑いとか湿度が高いとかそういうのは別として、個人としてそういう国のポリシーだったら税金が払いたい、と思うのもひとつのファクターだよね。世界市民的(※5) な考え方として。逆に言うならば、日本に税金を払っているならば、自分のお金の使い道に関しては言いたいこと言うぞ、と。
湯山:そういう態度が必要。あと、自分の年齢によっても税金の使われ方に対する見方も考え方も変わるし。
坂本:フランスや北欧は税金が高くて、病院とか教育とか福祉とかが充実しているわけですよね。その中でもノルウェー(※6)は幸福度(※7)、クオリティ・オブ・ライフ(※8)ってことに関してはすごいみたいですよ。例えば、国が地中海の島を買い上げて、リタイアした老人たちをどんどんその島に送り込んでいる、ていう話を聞いたことがある。
湯山:これは、攻め、の姿勢ですよね。有能なディベロッパー(※9)みたいな国家政策だな。なんでそれができるんだろう?
坂本:やっぱり市民力なんじゃないですか。お金の使い道を100%近く開示しないと許さない、ってことでしょ。国に対して口うるさく突っ込んでくるし。
湯山:それができる民度というか、政治に対しての意識の高さってのもあるのかなあ。地続きのヨーロッパは政局不安定が当たり前で、ぼんやりしていると大変なことになってしまうという危機感もあるでしょうからね。
坂本:国と個人が良い意味での契約関係にあるというか、そういう伝統があるんだろうね。国もコソコソ悪いことやってもすぐにバレちゃうから、「どうせだったら幸福になってもらおうよ」って。ある意味開き直っちゃってるのかもね(笑)。
湯山:ああ、その開き直りが日本の政治にもあったら......。それには、個人の側の「おい! ちゃんとやれよ」っていう態度も市民としてのモラルも必要なわけですよね。しかも、民主主義は総意をまとめるために時間がかかる、ということを理解して、じっくり政治とつきあうことも必要。
坂本:それは国に対してもそうだし、企業に対してもそうだよね。食品の偽装(※10)だったりいろいろ悪いことやってますよ、ビジネスの側もね。だけど買う側がどのくらい情報を持っていて、ちょっとおかしかったらピシっと指摘できるか。で、悪評が立っちゃったら業績が下がっちゃうわけだから、だったらマジメにやったほうがむしろ良くなる、って考えるようになる。
湯山:偽装はばれると結局、コスト的に割に合わない、と理解したんじゃないかな。
坂本:日本の主婦たちも、食品偽装で一斉に買い控えしたりすごい敏感に反応したからね。それは正しい反応ですよ。
湯山:でも消費者として、直接、口に入れる米とかだとキーっとなってるわけでしょ。それはそれでいいんだけど、もうちょっと大きな問題だと、ちょっとヒリヒリ感はない。
坂本:そういう傾向はあるね。
湯山:それに、権力は必ず腐るものだから、そっちの方の消費期限こそ、びしっと決めておいた方がいい。
坂本:国家や権力は、歴史的にみてもナチス(※11)だろうがソビエト(※12)だろうがアメリカだろうが、みんなおしなべて、なるべく一般大衆を無能力化してきたように見えるよね。たしかにそれは権力側としては基本なんでしょうね。
湯山:「パンと劇場」(※13)を与えておけばよし、ってことですね。それが現代ではテレビになって......。
坂本:僕は、テレビが宗教の役割すら果たしていると思うこともある。
湯山:そうね、モラルや日常的な救いのようなものは、人々は今みんなテレビにゆだねている。
坂本:アメリカ人は「自分たちは個人主義的(※14)だ」と信じているけれども、実はものすごく洗脳されている、マスメディアによって。だから、個人主義だとかいいながらも結局はみんな同じことを喋って、そのバリエーションも3つくらいしか無い。でも洗脳されているとは思っていなくて、自分の意見だと思っているっていう。宗教の役割ってまさにそういうことであって。
湯山:今の日本は自由よりも「管理」好きでしょう。予測可能で安全でないといけない、という強迫観念は実はテレビが表に裏にモラルとしてたたき込んできたものだと思いますよ。ワイドショーのあのヒステリックな論調とともに。その見事な成果として、若者がものすごい官僚的(笑)。若い人は自由好きだと思ったら大違いで、「決めてくれないとわからない」ってのが彼らの口癖だから。それって「自由が怖い」ってことなんだもんね。
坂本:縛ってくれる制度がないと困る、と。例えば、目の前で誰かが川で溺れているときに、どうしたらいいかってのはそのときの自分の本能で動くのが本来の形なんだけど、このご時世だと「マニュアルが不備だった」とか「訓練ができてなかった」というのが答えだから。
湯山:それでどこでも立て札だらけ。川で遊んではいけません、温泉銭湯に行けば、床が滑るので走らないでください、って、まるで子供扱い。子供扱いされると大人でも子供のような行動をするわけで、またまた子供化に拍車がかかるという悪循環ですね。
次章へ続く・・・
(※1)リバタリアニズムは、政治学・経済学等では、他者の権利を侵害しない限り、各個人の自由を最大限尊重すべきだとする政治思想のこと。個人の自由と自由市場を擁護するなどというごく少数の基本事項以外、これが「正式な」リバタリアンであるとするような信条は存在しないため、細かい点についてはリバタリアン同士でもよく意見が食い違うことがある。
(※2)英国のシンクタンク、ニューエコノミックス財団(NEF)が発表した地球幸福度指数(HPI=ハッピー・プラネット・インデックス)2009年度ランキングによる。この指数は「いかに地球に負担を掛けず、健康で長く幸せに生きる事が出来るか」という新たな視点から提案され、国の幸福度を(1)現在の消費や技術の発展、資源効率の予測、(2)生活満足度指標によってその国の住民の福利を評価、(3)平均寿命、の3つを考慮して算出する。ちなみに日本は75位。
(※3)コスタリカ共和国は、中央アメリカ南部に位置する共和制国家。首都はサン・ホセ。1948年に、憲法の規定によって軍隊を廃止した世界初の国である。また、チリやウルグアイと共にラテンアメリカで最も長い民主主義の伝統を持つ国であり、中央アメリカでは例外的に政治的に安定が続き、かつ経済状態も良好な国家である。
(※4)地域の環境や生活や文化を破壊せずに自然や文化に触れ、それらを学ぶことを目的に行う旅行、滞在型観光などを指す。エコツアーとも呼ばれる。具体的には農村滞在、農業体験、自然探訪ツアーなどがある。
(※5)全世界の人々を自分の同胞ととらえる思想。コスモポリタニズム、世界主義ともいう。この考え方の発展形態として世界国家構想が挙げられる。これは「人種・言語の差を乗り越えた世界平和には全ての国家を統合した世界国家を建設すべきである」という考え方に立って主張されたもので、カントも主張していた。
(※6)ノルウェー王国は、北ヨーロッパのスカンディナヴィア半島西岸に位置する立憲君主制国家である。首都はオスロ。なお、ノルウェー議会はノーベル平和賞の受賞者を決定することで世界的に有名。
(※7)国連開発計画によって毎年発表されている「人間開発指数(HDI:Human Development Index)」2010年度発表による。HDIはその国の人々の生活の質や発展度合いを示す指標。生活の質を計るので、値の高い国が先進国と重なる場合も多く、先進国を判定するための新たな基準としての役割が期待されている。人間開発指標とも表記する。ちなみに最新ランキングの1位はノルウェー、日本は10位である。
(※8)一般に、人や社会の生活の質、つまりある人がどれだけ人間らしい生活を送り、「幸福」を見出しているかを尺度としてとらえる概念のこと。「幸福」とは財産や仕事だけではなく、住宅環境、身心の健康、教育、レクリエーション活動、レジャーなど様々な観点から計られる。したがって個人の収入を基に算出される生活水準(英:standard of living)とは分けて考えられるべきである。また国家の発展、個人の人権・自由、居住の快適さとの関連性も指摘される。 (⇒詳細はこちら)
(※9)開発業者。大規模な宅地造成やリゾート開発、再開発事業、オフィスビルの建設やマンション分譲といった事業の主体となる団体・企業のことである。デベロッパーとも。
(※10)食料品の小売り・卸売りや飲食店での商品提供において、生産地、原材料、消費期限・賞味期限、食用の適否などについて、本来とは異なった表示を行なった状態で、流通・市販がなされた一連の問題。事件化された件については、食品偽装事件とも呼ばれる。「赤福餅」の消費期限偽装(2007年10月)、石屋製菓による「白い恋人」の賞味期限偽装(2007年8月)、三笠フーズ(大阪市)・浅井(名古屋市)・太田産業(愛知県小坂井町)による事故米食用偽装転売(偽装米流通)(2008年9月)、船場吉兆による食べ残しの再提供(2007年)など。
(※11)ドイツ国の政党。正式名称は国家社会主義ドイツ労働者党。1919年に結成され、アドルフ・ヒトラーが指導者として率い、1933年に政権を奪取したが、1945年のドイツ敗戦にともない解党した。党の思想は「アーリア人至上主義」、「反ユダヤ主義」、「反共」、「指導者による独裁」等であり、ヒトラーの著書「わが闘争」が党の聖典視された。しかし党の実際の行動においてはこれらの思想と矛盾する事態もしばしば起こった。しかし指導者に対する忠誠と服従が優先され(指導者原理)、党員は疑問をさしはさむことは許されなかった。
(※12)マルクス・レーニン主義を掲げたソビエト連邦の政党。ソビエト連邦において一党独裁制を堅持していた。現在のロシア連邦共産党の前身。党は労働者、農民、知識人の前衛組織であり、社会・政治組織の最高の形態であると規定されていた。政府との事実上の一体化、「下部組織は上部組織に従う」(民主集中制)、「鉄の規律」、社会のあらゆる部門に党委員会や細胞を張り巡らせて統制するといったソ連における共産党のあり方は、他の社会主義国の執権政党に受け継がれていった。
(※13)詩人ユウェナリスが古代ローマ社会の世相を揶揄して詩篇中で使用した表現。権力者から無償で与えられる「パン(=食糧)」と「サーカス(=娯楽)」によって、市民が政治的盲目に置かれていることを指摘した言葉。「パンとサーカス」「パンと見世物」ともいう。なお、「サーカス」は現代人の考えるサーカス(circusキルクス)ではなく古代ローマの競馬場(circensesキルケンセス、現代でいうサーキット)であり、拡大して闘技場(amphitheatrumアンフィテアトルム)で行われた剣闘士試合などを含めた娯楽一般の意味で用いられている。
(※14)国家・社会の権威に対して個人の意義と価値を重視し、その権利と自由を尊重することを主張する立場や理論。ただし、大衆社会的な状況において、場の雰囲気に流される傾向をもつ群衆と化した個人が、より強固なシンボル・指導者を求めて全体主義へと至る危険性がエーリヒ・フロムによって指摘されている。 (⇒詳細はこちら)