湯山玲子 1960(昭和35)年・東京生まれ。
出版・広告ディレクター。(有)ホウ71代表取締役、日本大学藝術学部文藝学科非常勤講師。
編集を軸としたクリエイティブ・ディレクション、プロデュースを行うほか、自らが寿司を握るユニット「美人寿司」を主宰し、ベルリンはコムデギャルソンのゲリラショップのオープニングで寿司を握るなど日本全国と世界で活動中。
著作に文庫『女ひとり寿司』(幻冬社)、『クラブカルチャー!』(毎日新聞出版局)、新書『女装する女』(新潮社)。プロデュースワークに『星空の庭園 プラネタリウムアフリカーナ』(2006夏 六本木ヒルズ展望台)、2009年まで通年の野宮真貴リサイタルなど。
第七章
「バート・バカラックとバラク・オバマのアメリカ」
湯山:坂本さんの「音楽~ONGAKU」(※1)という曲、私は死ぬほど好きなんですよ。葬式でかけてもらいたい曲の確実にひとつですから。「オンガク、きみは、ピアノに登って♪」。あれは、ホントにいい曲だな。愛にあふれていて、ちょっとセクシーな感じもある。私のアタマの中にはもう、あの曲の小部屋がひとつあって、いつでもそこでお茶を飲んでひと息いれることができますもん。坂本さんの凄いところは、あんな可愛い小品の中に、「音楽とはどういうものか?」という、『out of noise』にも通じる匂いがあるんですね。すごく小さい世界を描いているんだけど、音楽がそのためにあるような世界観。関係ないけど、バート・バカラック(※2)もそういうところがある。
坂本:あっ、僕、バカラックは大好きだよ。会ったことあるの?
湯山:インタビューで会うことができて。でも、意外にもあの「Look Of Love」(※3)を作った人なのか? ってくらいにテキパキした人だった。っていうか、ちょっと高い声しわがれ声でヤッさんみたいっていうか(笑)。行間がまったくないオトコっていうか(笑)。
坂本:LAでメシ喰ってたら真後ろにバカラックがいて、声かけようと思ったけど、できなかった。でも耳を大きくそばだててね。なんていうのかな、不良だよね。
湯山:芸能界っぽい感じ。彼はユダヤ人だけど、まんま、ジューイッシュの金持ちの感じ。インタビューに指定されたホテルも、すごいゴージャス仕様で、ロビーの暗がりの中に巨漢のマフィアみたいな男たちがいる。そこに、ご本人がテニスウェアの襟立てて現れちゃって。「名は体を表さない」っていうか(笑)。
坂本:もう四、五年前だけど、彼の最新作を買ったんだけど、そしたらね、ブッシュ(※4)に対する怒りが全編に表現されているわけ。でも、バカラック先生ってそんな人だと思ってなかったでしょ。
湯山:意外! だって、ロックやカウンターカルチャー(※5)を知らない世代の人ですよね、あの人。
坂本:そう。正統的な金持ちの人。どっちかっていうと、アメリカライフル協会(※6)みたいな人なのに、ブッシュの非道に対する怒りが満ちていて。「これは自分のアメリカじゃない」っていう怒りがすごいわけ。びっくりしたよ。ポール・ニューマン(※7)とかロバート・レッドフォード(※8)とか、いわゆる良きアメリカみたいな人たちがみんなカンカンに怒ってる。そういう熱い心みたいなのがどうもあるみたい。
湯山:いい話ですなー。たしかに、彼の音楽に感じられる資本主義の甘さとか豊かさ、無邪気さってアメリカの良心だもんね。
坂本:葉巻とか胸をはだけたイヤな感じ(笑)も含めた、一番いい時のアメリカの豊かな部分の象徴だよね。アメリカのピークって1970年ころで、バカラックが名曲書いたのも、70年ちょっと前の本当に2、3年の間だからね。
湯山:そうそう。レイト60'sからアーリー70'S。
坂本:本当に短い時間の中に凝縮されている。一番好きな曲が「Make It Easy On Yourself」(※9)。この間も、本当はマジメにレコーディング作業しなくちゃいけないのに、「やーめた」って昼間からシャンパン飲んで『明日に向かって撃て』(※10)をひとりで引っぱり出して観たんだよね。バート・バカラックの曲と、ポール・ニューマンとロバート・レッドフォード。一番いい時のアメリカで作られた映画で、まだベトナム戦争(※11)で負けてなくて。コッポラ(※12)の『地獄の黙示録』(※13)でみんな暗くなっちゃうんだけど、その前の一番光り輝いているアメリカ。それが強盗の映画だってのがすごいところだけど(笑)。でもすごい切なくて甘くて、ロマンチックで男気に溢れていて。
湯山:バカラックの名曲「雨にぬれても」(※14)が流れる自転車のシーンは、たまらないですよね。小学生の時に観て、大人になったら絶対、彼氏とコレをやってやる、と心に決めていたんだが、結局、実現していない(笑)。私にとっては、自由という言葉の象徴のようなシーンとしてインプットされていた。私のアメリカ感が、割合肯定的なのは、バカラック周辺のこういった表現からなのかもしれない。
坂本:オバマ大統領(※15)はどうですか?
湯山:ブッシュがヒドすぎたからね。でも、さすがアメリカの底力というか、再生のために凄いカードを切ってくる。
坂本:ゆり戻す力はすごいよね。だけどゆり戻しでもあるけど、反対に言えばオバマがきちんと体制についたってことは、彼らの仲間に入っちゃった、ってことでもあるよね。
湯山:そうともいえますね。
坂本:ちゃんと儀式を通過して、そういう人たちの仲間になったってことなんだけど。でもアメリカ人は明らかに前向きな気持ちになってますよ、みんな。
湯山:イラク戦争(※16)があんなだし、その上、サブプライム問題(※17)でお手上げ状態になっちゃったし、閉塞感のどん詰まりだったでしょうからね。
坂本:そこからは解放された感はあるよね。だって、当選した翌日はあんなにギスギスしたニューヨーカーが、お互いに道でニコニコしちゃうくらいで、あんなNY見たことないもんね。オバマが選挙で勝ったその日の夜なんか、一斉にみんな窓を開けて絶叫してるんですよ。「アイラブユー」って。外歩いてるやつも「イエス、ウィキャン」(※18)とか言ってるし。すごかったですよ、その熱狂ぶりは。
湯山:そういうところに、世界が憧れるんだろうなあ。
坂本:僕もアメリカにいるとマイノリティだから、有色人種のことを演説で言ったり、就任式でもオバマが宣誓しているときに、黒人たちが泣いている映像を見ると、こっちももらい泣きしちゃうんだよね。
次章へ続く・・・
(※1)Yellow Magic Orchestraの6枚目のオリジナル・アルバム『浮気なぼくら』収録曲。
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(※2)アメリカの作曲家、ピアニスト、シンガーソングライター。
1950年代後半より数々のヒット曲を世に送り出し、レノン、マッカートニーと並んで20世紀を代表する稀代のメロディメイカーとして知られている。
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(※3)映画『007 カジノ・ロワイヤル』(1967)の挿入歌として発表されたバート・バカラックの制作曲。邦題は「恋の面影」。
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(※4)第43代アメリカ合衆国大統領。
2001年の就任当初はテロに対する強硬な姿勢が国民に支持されるが、イラク戦争やアフガン侵攻が長引くにつれて国民の不安が高まり支持率は急降下。対立政党である民主党のバラク・オバマに政権を譲ることとなった。
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(※5)支配的な文化に対抗するもうひとつの文化のことで、いわゆるヒッピー文化。
1960年代のアメリカで誕生し、当時泥沼化していたベトナム戦争への反戦運動などで大きく花開いていった。
(※6)アメリカの銃愛好家による市民団体。共和党の保守層を中心に有力政治家が多く入会しており、政治に及ぼす影響は絶大。
アメリカで銃事件が多発しているにも拘らず、政府が一向に銃を規制しないのは、この団体が存在しているためと言われている。
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(※7)アメリカの名優。
『ハスラー』『明日に向かって撃て!』『スティング』などの名作に出演し、1950年代以降半世紀以上にわたって第一線で活躍した。
2008年9月、世界中のファンに惜しまれながら83歳で逝去した。
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(※8)アメリカの俳優・映画監督。『明日に向かって撃て!』で一気にスターダムにのし上がり、ハリウッドきっての美男俳優として定着。その後、映画監督としての才能も発揮し、“演技と製作の双方で地位を確立した映画人”として現在も第一線で活躍中だ。
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(※9)ジェリー・バトラーが「It's Too Late」のカップリングとして発表した、バート・バカラックの制作曲。邦題は「涙でさようなら」。
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(※10)先述のポール・ニューマン、ロバート・レッドフォード主演によるアメリカ映画(1969)。
実在の銀行強盗コンビの物語を描いたロード・ムービーで、アメリカン・ニューシネマの傑作としていまだカルト的な人気を誇る。
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(※11)1960年代~70年代、ベトナムの南北統一を巡って起こった戦争。当時冷戦下にあったアメリカとソ連が南北それぞれの政府を支援したことで戦局は泥沼化。この戦争に負けたアメリカは、外交のみならず内政面でも大きく混乱することとなった。
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(※12)『ゴットファーザー』で知られるアメリカの映画監督フランシス・フォード・コッポラのこと。
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(※13)フランシス・フォード・コッポラ監督のアメリカ映画(1979)。
カンヌ国際映画祭グランプリを獲得したが、ベトナム戦争を舞台とした暗い描写のためか、興行的には失敗した。
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(※14)『明日に向かって撃て!』の挿入歌として発表されたバート・バカラックの代表曲。
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(※15)現アメリカ合衆国大統領で、その言動が世界中でもっとも注目される人物のひとり。
その他、詳細は第三章参照。
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(※16)イラクの武装解除を名目、アメリカが主体となって2003年に起こした戦争。
正規軍との戦いは年内に終了したが、イラク国内の治安の悪化からアメリカの軍事介入はいまだ続いており、そのことが国内外から大きな批判を呼んでいる。
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(※17)2007年の世界金融危機を招いたアメリカの金融問題。
サブプライム層(優良顧客ではない低所得者層)向けのローンの返済延滞率が上昇し、主な担保口とされていた住宅バブルが弾けたこと。
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(※18)2008年のアメリカ合衆国大統領選挙の際、バラク・オバマがスローガンとして用いた言葉。
「私たちはできる(Yes, We Can)」というメッセージはブッシュ政権下で疲弊していた国民の愛国心を喚起させ、“オバマ支持”の大きなうねりを生んでいった。
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