湯山玲子 1960(昭和35)年・東京生まれ。
出版・広告ディレクター。(有)ホウ71代表取締役、日本大学藝術学部文藝学科非常勤講師。
編集を軸としたクリエイティブ・ディレクション、プロデュースを行うほか、自らが寿司を握るユニット「美人寿司」を主宰し、ベルリンはコムデギャルソンのゲリラショップのオープニングで寿司を握るなど日本全国と世界で活動中。
著作に文庫『女ひとり寿司』(幻冬社)、『クラブカルチャー!』(毎日新聞出版局)、新書『女装する女』(新潮社)。プロデュースワークに『星空の庭園 プラネタリウムアフリカーナ』(2006夏 六本木ヒルズ展望台)、2009年まで通年の野宮真貴リサイタルなど。
第九章
「日本のオトコは、"ママの愛情"がダメにした」
湯山:中学校の同窓会があったんですよ。去年ぐらいから頻繁に行われていて、ああ、すでに完全に『文藝春秋』の「同級生交歓」(※1)の年齢に達しちゃったかな、とがっくりしているんですが(笑)。遅れて会場に着いて遠目からみんなを見たら「オッサンがたくさんいる!」ってびっくりしちゃって、会場を間違えたかな、と思ってしまったくらい。まあ、50歳直前だから当然なのかもしれないけど、それにしても凄まじくオッサン(笑)。土曜日の昼間だったから私服で来るかと思っていたら、みんなスーツっぽいのよ。黒とグレーでくたびれている。何なのだろうか日本人オトコのそういう感覚って。
坂本:僕は日本に滞在中は六本木に泊まってるから、その界隈の人をたまに観察したりしてるんだけど、60歳過ぎの団塊の世代(※2)の老人が「退職して、ああ、やっと好きな格好ができる」っていう感じで、マントとか羽織ってたりしているんだよね。帽子かぶって杖ついて、丸眼鏡なんかもかけてね。そういう感覚って湯山さん世代の男性にはないのかな? あれはあれでいやらしい!
湯山:団塊はおしゃれですよ! しかし、全共闘(※3)を経て我々の世代の男性は……(苦笑)。分析してみるとね、私の出身中学は、区立ながら進研ゼミ(※4)で日本一を誇る受験校だったらしく、同級生たちは今やご高名な医者や商社のエリートになっている。いわゆる「お受験ママ」の出現って私たちの世代のころからで、彼らの母親たちはホントに目が三角になってた。私なんて目をつけられちゃって、ウチに怒鳴りにくる親とかいたもんね。私、当時から流行語好きだったんで、「ヤベエ」とか言いまくっていたら、教育ママは「女の子がこんな汚い言葉使いをしていていいんでしょうか?」って、そりゃもうすごい剣幕で抗議してきましたね。
坂本:そういうお母さんの息子が、今外科部長とかになっているんだね。そのお母さんたちは75歳とか80歳くらいだよね。
湯山:昭和一ケタと二ケタの端境世代ですね。だから、教育ママとしては見事に任務を貫徹したわけです。で、その息子たちが同窓会に来ていたわけですが、そういうエリートの中で、ぽつりぽつりと未婚男性がいる。ちょっと話してみたのですが、なんだか、女性に対するリテラシー(※5)がものすごく低くて、ママの顔がちらつく。
坂本:結婚しない、できないオトコって、もうその頃から始まっていたのかな。実は随分前からそうだったのかも知れないね。頭はイイかもしれないけど、一種の広い意味では文化度が低いっていうか、ファッションセンスとかないから女性にウケない……。
湯山:あと致命的なのが、女性とコミュニケーションがとれない。自分から女の子を捕まえるなんて、もってのほかみたいです。口では女性は元気があってうらやましい、なんて言うのに、女についての文句も多い。その言葉の端々に「女に対しての恐怖」が見え隠れしましたよ。
坂本:それはママも悪いかもね。
湯山:50歳になる息子には未だにママが君臨しちゃっていると思うんだよね。お受験ママの“愛のエネルギー”に代わるような愛情は、「他人の女」は絶対に与えてくれないでしょうから。
坂本:「近づいちゃダメよ」なんてね。そうか、日本男児が絶滅しかかってるのはママの影響なんだ。
湯山:女の子の場合、母親と娘って反発しあうから母親の呪縛からは比較的エスケープできる。最近はそうでもないヤバいケースも多いんだけど。それ以上に母親と息子の関係は、愛情という名の呪縛にがんじがらめかつ、エロス的なニュアンスもからむので、特に日本ではヤバい。
坂本:その世代の息子が今二十歳くらいなわけでしょ。逆に今の若い男の子って母親のペットみたいな感じだよね。だからオンナに欲情できないのかもしれないね。
湯山:鹿島茂(※6)が著書で言ってる「おままごとボーイ」(※7)って知ってますか? おままごとに何の違和感もなく混ぜてもらえる男の子、女子がオープンに誘えるオトコが今、一番人気。草食系男子(※8)とほぼいっしょの語感ですが。女の子と上手に遊べないオトコは、今後仕事もヤバイ、と。それを政治家に当てはめてみると面白くて、例えば石原慎太郎(※9)と田中康夫(※10)だったら、石原は絶対おままごとやらないけど、康夫ちゃんだったらやってくれそう、など、ひとつの判断に使える。もちろん、鳩山(※11)もやるでしょうけど、幸夫人(※12)の仕切りという条件付き(笑)。坂本さんもわりとおままごと派とお見受けします(笑)。
坂本:なるほど、それはあるかもね。僕の話で言うと、大学の頃は女の子の友達の家に遊びに行くと、お化粧させられちゃったりしてた。僕も結構楽しんじゃって「もったいないからこのまま外へ出ちゃおう」って、女の子のスカート借りて遊びに行ったりしてたな。
湯山:美青年期の坂本さんがソレをやっていたのは、やおい、BLファンの私としては萌えドコロですな!ということは女装経験あるんですね(笑)。
坂本:全然あるよ!「女装する女」(※13)じゃなくて「女装する男」だ(笑)。80年代にゴルチエ(※14)が男物のスカートを出していて、あれを履いてコンサートやってたもの。コンサートじゃなくても普段から履いてたし、メイクボックスも持ち歩いてたからね、自前の(笑)。
湯山:この前、女性誌『クロワッサンプレミアム』(※15)の「誰かに何かをプレゼントする」というような企画があって、迷わず、「坂本さんにコルセットをプレゼントする」って設定にしたんだけどソレは正しかった!でも、コルセットは私にとって、すごい体験でしたよ。原宿にコルセット(※16)を専門的に扱っているお店があって、太めの人用のコルセットもあるわけ。それでぎゅーっと絞ると見事にウエストが出来上がる。そうするとね、とーってもアガる(笑)。なんかね、人格変わるんだよね。
坂本:コルセットは女装の極地だもんね。男の人もスカートを履いたりメイクすると人格変わるからね。女性はそれを毎日やっているわけだからすごい。
湯山:でも草食系男子じゃないけど、今の社会状況ゆえにおままごと男子みたいなのが受け入れらているけど、その反面、もともとある男性としての本能や、闘争性フロンティア志向の文化性みたいなことは抑圧されてしまうわけで、それらをどこで帳尻あわせるんだろう?って、疑問だなあ。
次章へ続く・・・
(※1)同じ学校出身の有名人がそれぞれの学生時代を語る、雑誌『文藝春秋』の連載。
ゲストの意外な組み合わせと、日本社会の縮図を思わせる思い出話が人気を呼び、2006年には連載の一部をまとめた新書も刊行された。
(※2)第二次世界大戦直後、1947年から1949年の日本において生まれた世代のこと。別称、第一次ベビーブーム世代。
高度経済成長期や学生運動をダイレクトに経験しており、日本社会の形成に大きな影響を及ぼした世代と言われている。
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(※3)1968年ごろの大学闘争の時期に、日本各地の大学に作られた学生運動組織を総称した呼び名。正式には全学共闘会議。
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(※4)ベネッセコーポレーションが提供している小・中・高校生向けの添削式通信教育サービス。
通信教育サービスだけでなく全国規模の学力テストも実施しており、進学を控えた学生にとって欠かせないツールと化している。
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(※5)言語による読み書きができる能力。識字。転じて、「ある分野に関する知識・能力」をリテラシーと称する場合もある。
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(※6)日本のフランス文学者、評論家。19世紀フランス社会が専門で、当時の風俗を描いたエッセイを多数執筆している。
代表著書に『馬車が買いたい!』(白水社)、『子供より古書が大事と思いたい』(文春文庫)。
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(※7)鹿島茂が自らの著書において定義したとされる造語。
関連著書は『乳房とサルトル』(光文社知恵の森文庫)に収録された「おままごとボーイの謎」。
(※8)2008年ごろよりメディアで取り上げられはじめた用語。
その定義は論者によって異なるが、主たる意味としては「恋愛にガツガツせず、男らしさに縛られない男子のこと」を意味する。2009年には新語流行語大賞トップテンを獲得。
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(※9)現・東京都知事で小説家。
歯に衣着せぬ発言が支持を得る一方で、他民族・文化に対する揶揄などが物議を醸すことも。中でもフェミニストやジェンダーフリー論者とは、日常的に激しい論争を繰り広げている。
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(※10)新党日本の代表を務める政治家であり小説家。前・長野県知事。
ちなみにジェンダーフリーに関する肯定的な発言をたびたび行っている評論家の香山リカとは深い親交があり、共著も多数。
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(※11)現・内閣総理大臣の鳩山由紀夫のこと。政局では、「友愛」をモットーとした対話的な姿勢が支持を得ているものの、民主党幹事長の小沢一郎に対する弱腰な態度が「総理らしくない」と非難を浴びることも。
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(※12)鳩山由紀夫の妻。元宝塚出身のファーストレディーとして国内外から注目を集めており、鳩山総理とのおしどり夫婦ぶりが事あるごとに取り沙汰されている。
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(※13)湯山玲子の著書(新潮社)。女装する女のほか、エコに身を捧げる女、ブログで自己主張する女、マラソンに命をかける女……など、現代女性を消費の面から10のキーワードで痛快に読み解いている。
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(※14)フランスのファッション・デザイナー、ジャン=ポール・ゴルチエのこと。ボンテージに代表される、刺激的なファッションの発表によりファッション界に旋風を巻き起こしつづけている巨匠。
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(※15)雑誌出版社マガジンハウスより刊行されている月刊誌。
「日常生活を通して考える・男の暮し方女の暮し方」をキャッチフレーズに、生活だけでなくファッション・文化などにおけるワンランク上のトレンドを紹介している。
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(※16)近代から現代にかけて欧米を中心に利用された女性用下着の一種。ウエストを細く見せ、ヒップの豊かさを強調する効果があるが、その窮屈さから時代の変遷とともに衰退。今日では医療用や趣味を目的として使用されるのみとなっている。
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